フランスに行きたしと思えども
フランスは余りに遠し
2月2日の朝日新聞の記事なので、もうリンクが失われていますが、内容としては、転職を期してフランスに渡った女性達が、現地で適応障害を起こすと言うものです。
(作者は萩原朔太郎でした。すいません。訂正します。)
私が初めて航空券を手配して、自分で言った外国はフランスでした。
私は、フランスが嫌いでした。「お洒落」で鼻持ちならない存在でした。
フランスは、かつての文化人、近代の日本文化人が最も憧憬を持った国と言えるでしょう。
北海道新聞的な家庭環境で育った私なので、フランスの制度や文化に興味を持ってからは、嫌悪の感情から憧れへと変わるのは時間はそうかかりませんでした。
しかし、私は、フランスに行っても「旅行者」でしかなかったのです。
もちろん、フランス語がほとんど話せなかったせいもあるのですが。
「ロスト・イン・トランスレーション」という映画があります。
「失われてしまった翻訳」とでも訳せば良いのでしょうか。
コマーシャル写真家の夫と日本へ訪れた若い妻が、日本の風景や人々に微妙に適応できない光景を写した映画でした。
私はこの映画が好きです。
私たち日本人は、米国人と同じように先進国の人間です。
だから、移民にはなれないのです。
ただ異邦人として、旅行者としての自分を再確認するだけです。
だから、日本がマイナスイメージで描かれていると言われていても、
私が感じる外国のイメージは、彼女が描いたものと同質だと感じています。
外国に行く私は、異邦人であることを再確認します。
何故なら、帰る故郷があるからです。
パリ症候群の女性達は、お洒落な職業「アパレル・雑貨バイヤー・マスコミ」などのパリらしい仕事を求めていると書かれています。
フランスに暮らす人は決してお洒落には働いていません。
異邦人であることを再確認しないまま、「お洒落な」労働のイメージを持つ日本の女性達は、「お洒落」に対して依存しようと考えすぎています。
私がフランス嫌いだったのは、
「パリ症候群」にかかるようなお洒落な女性や男性に嫌悪感を持っていたからです。
異邦人は、どんな国でも冷遇されます。
冷遇されなくても、壁はあるものです。
それを乗り越えるのが移民です。
私もいつかなってみたい。という皮肉を言ってみます。